靴が支える快適歩行Vol.2
この講演は、シューフィッター補習講座(東京)2003年10月23日を収録したものです。

歩行に重要なのはアーチと発達した大殿筋

 上野の国立科学博物館の”猿から人への進化は何か”についての解説によると、人が歩くために獲得したものは二つあって、アーチと大殿筋の働きが非常に重要だと記しています。昨今の困った特徴として若い女性の理想のボディスタイルに小尻というのがあります。お尻が小さくなるときちんと立てないし歩けない。つまりお猿さんに戻りたいと願っている人が非常に多いというわけです。理想の女性のスタイルは人それぞれ好みはありますが、要は昔のコーラのボトルのような、胸の部分があってお尻の部分が広がるというのが基本的だと思います。洋の東西を問わず、お尻が大きいことは美的感覚のもととなっていたのに今や完全に崩壊してしまって、現在は小さいお尻が良いと思っている人が方が多いということです。

 もう一つのアーチには重心を支えたり、重心の移動を補助したり、蹴り出しの力を伝えたりという機能があります。アーチを獲得したことで安定して、しかも活動的に行動することができたんです。フェラガモの著書中に「神様は非常に良いものを作った」と書かれていますが、知れば知るほど人の足は非常に興味深い構造物です。よく3点支持といいますが、実際に僕が患者さんの足を見て外側アーチがしっかり際立って立っている人は見たことがない。フットプリントをとると確かに外側も浮いているハイアーチの人はいますが、外見上、明らかに内側アーチのように外側も空いている足はまだ見たことがありません。ただ理想のアーチという意味では、3点支持ですから当然外側も高くなくてはいけないということはあります。それで、重心の落ちてくる場所は骨盤の中で仙骨という骨の前方から真っすぐおりてきたところで、それが先ほどいった立方骨、舟状骨のところになるわけです。

アーチを保つには趾を使って歩くこと

 足で困っている人はダンサーにも非常に多く、比較的トレーニングを積んではいますが、アーチが理想的とはいえないのです。ところが外国のダンサーは先ほどいった外側のアーチが非常に高いので、外側から足の裏を通して向こう側が見えるくらい、非常に高いアーチを持っています。これが理想だとしても、多分皆さんがいろいろなお客さんの足を見て、こんな人はまず皆無に近いと思います。ただ、理想はこの状況だということです。アーチを保つために必要なことはどにかく足趾を使って歩くことで、さもなければどんどん下がっていってしまいます。

 「靴は履かない方がいい」。何でこの場で話さなくてはいけないかと思うかもしれませんが、実は裸足で歩くとき、踵をつく前に母趾を上げるんです。なぜかというと、”ウィンドラス・タイプ・メカニズム”といいまして、全体重が足に加わりますが、アーチの剛性を高める働きがあります。ところが、爪先にトウボックスがあるとそれを邪魔するわけですから、当然靴を履けば履くほどアーチを下げていく可能性があるということです。ただ、トウブレークのところその働きを妨げないように靴がしなやかに曲がってくれれば、それは全く気にする必要はないんですが、トウブレークがきちんとしていないと大変ということになります。ウィズがきちんと合っていればなおさら良く、当然甲をきちんと押さえていればいいわけですが、残念なことに、日本で売られている靴のほとんどは条件を満たしていないことになりますから、それだったら裸足の方が帰っていいかもしれないということはあります。

縦アーチの計測店 ただ、いま周辺を見回しても土の面はないんです。アスファルトで全部埋められていますから、当然足に負担がかかってきます。もし履くのであれば足にフィットして、甲をしっかり抑えることができる靴が望ましいことになります。

 各時代の日本人の男性の足部の骨格から、アーチがどういうふうに変遷したかということで、レントゲンに撮り、横倉法という方法で評価すると、間違いなくアーチは高くなっている。いわゆるだん広・甲高という日本人の足は、下駄、草履を履いていた時代の骨格だと思います。同じデータをとると間違いなく下がってきているのが事実ではないでしょうか。

歩かなくてはどんな健康法もダメ

 床反力計という装置で、日本の弁護士を目指してアメリカから来た青年を評価しました。日本が好きなので家の中で畳の上を裸足で歩いていたんです。ところが、靴を履くと痛くないけど、畳の上を歩いていると足が痛くなるというんです。裸足で歩いてもらうと、きちんと踵に体重が乗らない、ちゃんと蹴れていない。それは20数年もアメリカで靴を履く生活をしてきたためです。それも朝起きてから夜寝るまで靴を履いていましたから、足がよほど靴に依存しているわけです。そうするとほぼ老人と同じような波形になってしまうんです。彼に「もうしょうがないから大家さんには悪いけど、家の中でも畳の上で靴を履かせてもらいなさい」といっているんですが、波形上は正常にほど遠いんですけど、これで痛くないんです。

アメリカ人青年27歳の板反力波形

 さきほど靴は履かないほうがいいと言いましたが、このアメリカの男性までいかなくとも既に日本人もこれに近い状況にきています。また悪いことに、家屋構造の中で最近はフローリングとか板張りの部屋が増えてきて畳の緩衝作用がないので、ひどい人の場合には家の中でも靴を履いてもらった方がいいかなという人も出てきました。

 もし靴が快適であれば歩こうという人はいっぱいいます。患者さんの靴を直してあげることで歩くのが楽しくなって、実際に血液データが良くなっている方もいらっしゃいます。まず基本的に人間として歩かないことにはどんな健康法をやってもだめかなと思っています。もう亡くなられましたがきんさん、ぎんさんの長い生涯の中で、とくにきんさんは晩年入院して、「歩かないのは良くない、歩かにゃいかん、歩かにゃいかん」といって、歩くのは非常に基本的なことだと100歳を越えて納得したということです。非常に重みのある意見ですね。

(続く)


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