靴が支える快適歩行Vol.1
この講演は、シューフィッター補習講座(東京)2003年10月23日を収録したものです。

最近医療の世界で”エビデンス”といいまして、科学的な論証がないと認めないという傾向があります。ただ、あまり”エビデンス”という言葉だけが先行してしまうと、その本質が見えなくなってしまうことがあります。そういう意味では今まで試行錯誤しながらいろいろやってきた結果がどうだったかというお話していきます。

私の勤務先の東京厚生年金病院は飯田橋にある総合病院で526床あり、整形外科を中心にやってきた病院です。そこでのリハビリですから、通常は治療中のトレーニングとか、プールとか、あるいは電気をかけたりというようなことをやっています。私たち理学療法士が一番間近に触れるものとしては装具につける靴とか、あるいは靴型装具などで、養成校の授業の中でも靴に関する知識を学ぶ機会があります。しかし、すべての理学療法士が靴に詳しいわけではありません。 

祖末な靴を履いているランナーが多い

'93年に「トライアスロンジャパン」という雑誌に連載を執筆したことがあります。その最後のころに、ランニングシューズをどうしたらいいんだということを編集の方に聞かれたんですが、このころはまだ靴に興味がなかったのでこれといった回答はできなかったのです。ところがその雑誌の連載を見てランナーがいっぱい来たんです。様々な障害でしたが、まずは一般的な治療をします。電気をかけます、トレーニングをしますが良くならないんです。幾らやっても良くならないんで、靴を見せてもらったんです。そうしたら、非常に軽量で、セパレートタイプでヒールと前のところがあいて、シャンク相当の構造物がない靴だったのです。ところが、みんな42.195キロ走るわけですから、それなりの負担がかかってくるのに、こんな靴でいいのかなと思ったんです。

しかし、研究室の科学データでは、軽い方がいい。もともとは短距離ランナーでの話です。加えて当時のトップランナーは、ピッチ走法だったのです。ピッチの場合はそれほど地面を強く蹴るということをしませんから、それで済んじゃう。逆をいうと、ストライドの選手は優勝するんですが、その後ばたばたという感じで崩れていくという流れが多かったんです。このような患者さんが靴を変更したり、部分的な修正を加えたりすることで、症状が軽減いしたわけです。

こうして靴を見ていく流れの中で、変わった患者さんに出会いました。左足の外側だけが痛い、レントゲンを撮っても何も出ない。そこで靴を見せてもらったら、ヒールが完全に斜めに削れてしまっている。この方は自分の体を直すよりも靴を直した方がいいという、極端な例です。ここまでいかないまでも、条件の揃っていない靴を履いている人が非常に多いんです。そういう状況を目の当たりにして、これは何とかしなければいけないという思いで靴のことを調べ始めるきっかけになりました。最近病院では私のことを靴屋さんみたいといいます。今日は医療の現場からの話ということですが、私はむしろ皆さんに近い立場にいるのかなと思っています。

基本に忠実な靴に戻してほしい

靴の博物館に展示されている100年近く前の靴のいくつかは、現代の店頭に置いてもあまり遜色がない状態のものがあります。靴の歴史的な背景から見ても、職人さんから職人さんへ連綿と伝えられてきた技術というものがあると思うんです。それが科学的なデータを全く持っていないとしても、歴然と歴史の流れの中で淘汰され一つのひな型として残っていることが非常に大事だと思うんです。科学的なデータをぽんと持ってきて、それの科学的データはどの程度の期間、どの程度の対象をもとに行われた研究なのかと考えたとき、歴史の重みの方がはるかに上のはずなんです。

何となく流行で、振りを大きくすればいいとか、柔かくすればいいといった風潮に流され過ぎているんじゃないかなと思います。靴のことを知れば知るほど、基本形に忠実なものに戻してあげることの方が意味があると考えます。以前ある雑誌に、「重くて幅の狭い靴が良い」という非常にアナーキーな記事を書いてもらったことがあります。今はここまで極端ではありませんが、足に合わせる流れの中では、意外に日本人の足も細いということを測っている皆さん方にはわかっていただけると思います。

きちんと歩くにはきちんと立てることが前提

立つということお客さんが「ウオーキングシューズありますか」と見えたとき、ある靴屋の親父さんがこういったそうです。「うちの靴は全部歩くためのものです」と。当然障害をお持ちで車いすの生活を余儀なくされている方もいらっしゃいますが、人間として基本的な営みはまず立つこと、歩くことにほかなりません。実はきちんと立てるということは、きちんと歩けること。いいかえると、きちんと歩けるということはきちんと立てるということにです。歩行の前提条件の1番目はしっかりと立つことに他なりません。

残念なことに、きょう私は電車で来ました。皆さんもそうだと思いますが、このモータリゼーションの前は、私たちは4キロとか平気で歩いていたんです。よく1里歩いたとか2里歩いたという話が出てきますが、学校に通うのもそういう感じで、日本人もそうしていた時代がありました。でも、今はほとんど歩きません。そういう状態が非常に多くの問題をもたらしていることからすれば、きちんと歩けること、それをサポートする靴は非常に大事なウエートを占ることになります。2足歩行ロボット、最近は転ばしても勝手に起きてくるロボットまで出てきましたが、基本的に、歩くためにはまずきちんと立てないといけないということがあります。では、きちんと立っているとはどういうことかを見ると、与勇輝さんという人形作家が「私の人形は自分の力で立っているだから生きているんです」とおっしゃっています。そうすると非常に立ち方が見苦しい最近の若い世代には、半分死人かなというひどい状態の人がいっぱいいるといえるかもしれません。きちんと立つというのは真っすぐ立った状態で、真横から見て耳たぶ、肩峰という肩の出っ張ったところ、大転子が一直線上に並んでいて、そのおろした線が立方骨に落ちてくる。内側だと舟状骨に落ちてくるのがいいわけです。

歩いている最中の動きを見て治すこともできます。ただ変動要因が大き過ぎてわかりにくい。立っているときは比較的わかりやすいですから、靴をフィッティングしていて何か問題がある、自分の持っている知識と技術を使ってもなおかつお客さんが、「どうもここが当たる」といった場合に立った姿勢を見てあげると、歴然とそれが見えてくるということがあります。
きちんと立っていない代表例は高齢者です。高齢者を見た場合に背筋が曲がりひざが曲がった状況で立っているのは、これは基本的に今からお話しする正常歩行とは全く別のものです。では、きちんと真っすぐ立っている人を前提にお話をしていきます。若い人でも真っすぐ立っていない方は結構方はいらっしゃいます。上野の国立科学博物館の常設展示場に猿から人への進化は何かについての解説があります。

(続く)


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