靴が支える快適歩行Vol.3
この講演は、シューフィッター補習講座(東京)2003年10月23日を収録したものです。

歩くとは重心を目的地に移動させる行為

 歩行の前提条件の2番目は、きちんと重心を前に押し出せる事です。後ほどウォーキングと言われている考え方の誤りについて提示をしますが、あくまで人が歩くという行為は、先ほどいった重心を目的地に移動させる行為なんです。ですから365歩のマーチのとおりに腕を振って足を高く上げる行為をすると、実は重心はどんどん後ろに下がってくるんです。間違っても足が前に出ることはありません。歩く行為の中では、足が前に出るのは全く無意味な行為です。なぜならば、送る、押すという行為が一番大事なので、そこがポイントです。それをするためには母趾がしっかり地面を向かなくちゃいけないんですが、外反母趾とかで母趾が使えない状況になってしまっている多くの人にとって歩行がうまくいかないのが悩みだと思います。

 歩いている時の筋肉の動きを見ると、踵をついたときにはお尻の部分が働いて、徐々に腿にきて、すねへと変わっていく流れがあります。ですから、これらの筋肉のどれ一つが欠けてもあるくのは大へんになってしまいます。私の同業者の中でこの事をしっかり把握して覚えている人は皆無だと僕は思っています。

メインエンジンは大殿筋とヒラメ筋

 ポイントは何か、もう既に皆さんは今までのお話の中でわかっていると思いますけど、大殿筋、それからもう一つはヒラメ筋と呼ばれる筋肉で、ふくらはぎの奥にある、まさにヒラメのような形をした筋肉の事です。この二つの筋肉だけが唯一重心を前に押し出すという作業ができます。これがメインエンジンで、後の筋肉は実は補助していく、どちらかというと脇役。メーンディッシュは大殿筋とヒラメ筋です。この筋肉がしっかり働いていれば、間違いなくきちんと歩けます。

 筋肉は基本的に縮むものですが、伸ばされる事に抵抗しながら収縮する遠心性収縮というのがあります。この働きは、実はエネルギーとして出す力が1だとすると、実際筋肉として出す力が1.5なんです。非常に効率がいい。要するに筋肉はゴムなので、伸ばされようとしている事に対しては反発できます。その力を加えるので出す力の1.5倍を使います。歩行の中で使っている筋肉の大半はこの遠心性伸縮といのを使っています。歩行自体は本来疲れにくい活動なのです。ところが若い人には歩くと疲れる、かったるいとか、立っていられないというようなことがでてくるわけです。なぜかというと、実はきれいに歩いていないから、ということになりますね。どちらかというと膝は曲がり、ねこぜの若者が非常に増えています。ですからきれいに歩くのは非常に大事な事だと思います。

歩行は0.6秒の中のドラマ

 さて、ウォーキング8ヶ条というのがあります。全部を見ていくとなるほどと思ってしまいがちですが、例えば「膝を伸ばして歩いてください」というと、極端な話、衛兵さんみたいな歩き方になってしまいます。どういえば相手が膝を伸ばしてくれるかというと、「踵から足をついてください」というと、これは不思議な事に皆さんきちんと踵からついて膝を伸ばす。もし膝を伸ばしたまま歩くと歩幅が短くなってしまうんです。

 ところが、次に出てくる「歩幅は長めに」という、この二つは実は相反する項目でして、二つ同時にするというのは非常に困難です。あまり歩行の事を知らない方がウォーキングを指導している場合、必ず「歩幅は広めに」といって、歩いているいる被験者に方は膝を曲げて歩いているので、それを何年やっても良くならないいという人がいっぱいいます。

 それから「おなかを引き締める」。普通は骨盤も自然に働くので、そんなことは意識しなくてもいいんです。それから「背筋を伸ばす」。これは、基本的に非常に危ないいい方でして、高齢社会を迎えて日本は高齢者が非常に多くなっているので、背中がだんだん曲がってきている人が増えているにもかかわらず、背筋を伸ばせというとどうなるかというと、反動で膝が曲がる。だから、それはあまり意識する必要がないと思います。もし腰が曲がってきた場合には、膝を伸ばすという観点からいえば、杖だとか押し車を押した方が遥かに膝は伸びます。

 「靴は軽めで」と書いてありますが、データが出た時点にちょっとそういう風潮があったので、軽い方が良いという状況があるかもしれませんが、振り子の原理からいえば、実は足が後ろにいけば行くほど、足は前にいくんです。後ろに行けば行ったで、靴はある程度重さが合った方が、振り子だから前に行くんです。足をわざわざ振り出して歩いている事はまずありえない。蹴った反動で前に来る。基本的な考え方とすれば決して軽い必要はないんです。ただし、少し引きずり気味に歩いている人はどうでしょうか。これは間違いなく軽くなくてはいけないんです。ですから、正常歩行するとしたら、絶対重くなくてはいけないとか、軽い必要は全くないんです。

 意識するとすれば、踵から床面を踏む。それからしっかりと母趾で地面を押してください。要は0.6秒のドラマです。0.6秒の中に何をコントロールできるかというと、まず踵からつく事ができる、それから母趾でしっかり押し出せる、この2点がきちんとできているかどうかというのが大事なポイントです。そうじゃないと、いろいろなことをいっていくとなかなかスムーズに歩けない。なぜかというと歩行は無意識のうちにやっている事なので、その二つくらいをしっかりする事が大事。八つもいらないんです。この二つだけが大事だと思います。

カウンターのない靴はリピートにつながらない

 ところで僕が靴に興味を持った段階ででてきた望ましい靴というのは、軽くてゆったり大きめ、革が柔らかく、カウンターなどの補強芯も柔らかく、トップラインが着脱しやすいように広く、甲のおさえがなく、扁平ラストを使って、振りは10度以上の強いものをいうのだったんですね。ところが、従来僕らが教科書で習った靴は、手でもって重く足に履いて軽い。ちょっと相反するようですが、フィットしている靴は全然重さを感じないんです。

 多分皆さんはご存知だと思いますが、実際に軽い方がいいといわれてましたよね。ちょっと前までは盛んにそういってたんです。それと、ちょっと変な言い方ですけど、脱ぎ履きしにくい方が良い靴だという事がいえます。それだけ固定性が高いわけです。また、後足部と前足部の角度はだいたい平均8度です。8度程度振っている方が本来は良いという事なんです。ただ、どうしても外反母趾に当たっていたいという場合には、それ以外サポートしないと当然履けない事になります。

 足の骨格標本を上からぐんと押していくと、靭帯や筋肉のサポートのない状況では骨格は間違いなく内側に崩れていきます。ですから、この状況をきちんとサポートする意味ではなくてはいけない構造物といえます。ただ注意しなくてはいけないのは、ボール部の幅に気を取られ過ぎてしまうと、踵部の幅は置き去りにされますから、カウンターが逆に変な当たり方をしたら痛いという事になるのでぬいちゃえと。抜いちゃってる靴がいっぱいでてくる。そうすると売る側は、売る場面で少なからず当たりが少ないからお客さんに買ってもらえる。ただ、その靴は早くくたびれてしまうし、結局その人は、イメルダさんじゃないですけど、箱に入れてとって置くだけの靴を沢山持つ事になってしまうので、お金が入って来るという行為としてはいいんですけど、リピートにつながらない。またこの店で買おうという事にはつながりませんから、そこは充分に注意していきたいと思います。

(続く)


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